→雨と砂糖と路傍の石と。
冒険者。
冒険者について考察してみる。一くくりに「冒険者」といっても、内実は全然違って、且つその「在る位置」も違うと思う。
英雄になりたい――そんな大望を抱く人間もいれば、好奇心のままに知識や冒険を求める者もいる。
復讐や捜し人などの深い事情を抱える者もいる。
また、個人個人の性格や性質にも大きな差はある。
中でも何より異なるのは、技量と性格。
それらから考えるに、俺の知っている冒険者達はいわば「宝石」のようなものだと思う。
それが、必ずしも研磨されたものとは限らない、未だ光を放つ前の「原石」であるとしても。
比するに自分は――
所謂、名もなき路傍の小石。
誰に気を払われるでもなく。あるがまま、なすがまま。
何処にでも転がっているただの石くれ。誰かの憂さ晴らしに蹴り飛ばされて、ころころと何処かに転がっていく…そんなようなモノ。
こういうと、他人には自嘲と受け取られるだろうか。
自嘲ではない。ただ自分の感じる淡々とした事実として。
ずっと以前から考えていた。
この月灯り亭に来るまではずっと、一人、森の小屋と町を行き来するだけだったから、久しく忘れていたのだが――
最近またふと思い出すようになった。
契機。
何がきっかけだったか――冬間際のこの長雨の空のせい、かもしれない。
雨音。
すっかり冷えた外気に、窓がぼんやりと曇り。
時折、寒風が厚い磨硝子にぶつかっては、音を立てて揺らす。
雨の夜、寒い夜。
「家出するのは、別に構わないと思いますよ。そこは、あなたの自由です」
深い木霊の森のはずれにある、年季の入った木造の小屋。
既に短い冬の日がとっぷりと暮れた宵闇の中、入り口に突っ立っている濡れ鼠の子供を見て、彼≠ェなんと思ったかはわからない。
最初は少なからず驚いたようだった。むしろ、唖然とした様子だった。
しかし彼はすぐに気を取り直すと、すぐに俺の手を引いて中に招きいれ、着替えと温かい紅茶を用意してくれた。
それから、淡々とした口調で話し始めたのだ。
「あなたが家出したのにはあなたなりの理由もあるんでしょうし。私はそれをとがめません」
彼=\―先生は、長く森で狩人をしている人だった。その当時は、二十代の後半ぐらいだったと思う。
奥さんと一緒に木霊の森の外れで暮らしている、いわば「森番」とも言える人だった。
二人に知り合ったのは町の市場。森で獲た品を換金し買い物に出てきていた時だったらしい。たまたま意気投合して、それ以来ちょくちょくこの家にもお邪魔させてもらっていた。
親しい友人というよりは師匠に近いと思う。俺は勝手に、先生と奥さん、と呼んで敬っていた。
「でもシドさん、一つお説教したいことがあります」
「えー…何でしょうか。お説教…」
説教の類は、好きではない。努力して、努力して、努力した果てに、それでもいつも嫌というほど聞かされるから。
かなり露骨に嫌そうな顔になったことに気づいたのか、先生は一度咳払いして人差し指をぴんと立てると言い直した。
「ではこう言い直しましょう。忠告、です。あなたと関わりのある者として」
「なんですか?」
「『何事もよく考えてから』。これをね、覚えておきましょう、シドさん。こんな寒い日に、びしょ濡れになっては、体に障りますよ。
何処へ行って何をするかも決めていなかったのでしょ?
自分を粗末にするのは、よくありません」
もっともだ、と思った。
そしてなんだか脱力した。
何一つ決めてなんかいなかったのだ。
何処に身を寄せるか、これからどうするか、考えがあっての家出ではない。今思えば、単なる衝動…に近かった。
ただ――家は「合わな」かった。それだけは確かで。
自分に魔法士としての才能があるとは思えない。学問は、それなりにこなしてはいたが、あまり得手ではなかった。
学ぶこと自体は好きなのだが、魔導力学にそれほど興味も抱けないでいたのも事実で。
そんな、どう見ても優秀ではない自分に魔法士としての大成を求めるという。親の過分な期待が常に重く付きまとった。
応えなければ。
そう思う反面、どうでも良いじゃないかという冷めた感覚は次第に強くなっていく。
気がつくと、ある雨の日。何も考えず、何も持たず、家を飛び出していた。
何をしたいのかも、わからないまま。決まらないまま。
畳み掛けるようにして、そんな愚痴をこぼすと、
「シドさんには、やりたいことはありますか」
先生は唐突にそう問うて来た。
「まだ、わかりません」
素直に答える。何も決められないことが情けなくて、うつむきながら。
そんな自分を見て、ちょうど紅茶のお代わりを持ってきてくれていた奥さんが、少し目を伏せ微笑む。
「難しく考えることないじゃあありませんか。やりたいことが決まるまで、此処でゆっくり考えるといいですよ。ねぇ、あなた」
「そうだね。私もそう思っていたところですよ。シドさん、どうです?」
気楽な調子だった。そして、彼はまずは紅茶を飲むように勧めた。
先ほどより一回り大きなマグカップを受け取り、何の気なしに一口、飲んで。
正直、思わず吹きかけた。想像を絶する味だった。
それは――死ぬ程甘ったるかった。顔をしかめずには居られないぐらい。
「…何ですか…これ…砂糖、一体幾つ入ってるんですか?ホントに紅茶ですか!?」
むせながら尋ねると、先生と奥さんが、可笑しそうに笑いを噛み殺している。
「角砂糖を…五個ばかりいれましたかしら、ねぇあなた」
「そうだね、いつものやつだ」
二人はにこにこしながらこちらを見ている。
「せめて、砂糖が溶けきっているのを…というか、絶対これ飽和の限度に達してますよ…」
思わず、柄にもなくぶつぶつ一人ごちていると。
しばらく黙って微笑んでいた先生が、笑顔はそのままに静かに切り出した。
「元気になりましたか?」
「…はい?」
「疲れたときとか、元気がないときは、甘いものに限るんですよ。元気、でましたか?」
二人の笑顔を見て……何だか、力が抜けた。
カップを木のテーブルに置く。かたり、と小さな音を立てて。
「…はい。少し、元気になったと思います」
良かったです。そう言うと、先生と奥さんは微笑んだ。
その笑顔はとても印象的で…今でもはっきり思い出せる。
優しい笑顔。それをうまく表せる語彙が、俺にはないけど…暖かくて優しくて包み込むような。
こんな風に笑えるようになれたら、どんなにか。
こんな人になれたら、どんなにか。
それからしばらくの間。自分はこの家で世話になり、狩人の技を磨いた。
森の中で――「家族」と呼べる人と一緒に暮らす日々は、とても穏やかで落ち着けるものだった。
安らぎ、英気を養い、腕を磨き。
それで、何が足りないというわけではなかったけど。しかし、何もかもが足りているというわけでもなく。
思い悩んで先生と奥さんに相談すると、二人は気軽に「行ってきてみればいいんじゃないかな」と応じてくれた。
まだ若いのだから、やれるだけのことをやってみるのがいいと。
そして、結局二人に背中を押される形で、この国の王都にして名だたる大都市、トロウへ行ってみることに決めた。
出発の、直前。
「気をつけて、行ってくるんですよ。シドさん、しっかりしているようで何処か抜けているから」
「いつでも帰っていらっしゃいね。あたしもこの人も待ってますから」
トロウはこの森から南。あまり近いとは言えない。
協会で一から勉強し直すから楽な生活ではないだろうと、二人もわかってくれているようだった。
「そうだ!」
何だか物寂しい、旅立ちの戸口で。先生がふと、ぴんと人差し指を立てた。
「元気がない時…それでも帰ってくることが出来ない時の為に、シドさんにおまじないを教えておきますね」
「おまじない、ですか?」
首を傾げる自分に、先生は砂糖の入った小瓶と、袋に入った飴玉を手渡す。
「元気になるおまじないはですね。いつもより砂糖1つ多く入れること。甘いものを食べること。それと、」
そう言って、先生と奥さんは首にかけていた、木彫りのペンダントを自分の首にかける。
縒りあわされた細い紐に、アヤメの花が意匠として彫り付けられたペンダント。それが、二つ。
「心の支えになるものを作ることだと、私は思っています。」
「心の支え、ですか」
「はい、そうです。例えば神。例えば偶像。…例えば、家族。ね?」
頷く。笑顔で、応える。
心の支えなら、何よりも強いものを手に入れたから。
「…行ってきます。頑張って、来ますから」
「はい。」
彼≠ニ奥さんは、それ以上は何も言わずに。けれど、微笑と共に見送ってくれた。
この日も確か、霧雨が降っていた。
雨、雨、雨…。
「懐かしいなあ」
今日も窓の外は雨だ。
ちょっとした回想を強制終了して、視線をテーブルに戻し、ティーカップに手をかけた。
この日、仕事待ちをする時間は、思った以上に長くて暇だった。
そこで、と考えたのが魔法士協会の講義の予習だったが、それにも集中できず。
「やれやれ…」
一月に一度ぐらいは、なんだか気だるくやる気のない日があるものだ。
自分に呆れつつ、ため息と共に紅茶を飲み込もうとする。
と、不意に、
「おい、シド、毎度言うけどさ、お前砂糖入れすぎじゃないか?」
「見てても気持ち悪くなりそうだぜー」
そんな声がかかったのは、紅茶に4個目の角砂糖を投入したあとだったか。
自分の隣席で愛用の剣を手入れしていたらしいウォルトと、魔法士協会のレポートをぐしゃぐしゃにしていたゲイルが、揃って呆れ顔でこっちを見ていた。
ウォルトは神官戦士であり、最近苦労人気味。ゲイルはシドより上位の、しかし多少不良でナンパ気味な魔法士。
両人共冒険者でもあり、何度か仕事を一緒にして居た。
そんな怪訝そうな視線を向ける彼らに、此方も負けず劣らず不可思議そうに眼差しを返す。
「…そうか?」
「砂糖4個はないだろ、それ、甘すぎて飲めたもんじゃないだろうに」
「つーか、気持ち悪くならねぇ?それ」
言われて、カップに目を落とす。少し可笑しく思いながら、平然と返す。
「…?普通だけどなー?」
今日は何だか疲れているなーと呟いて5個目を入れたら、ゲイルは顔を顰めてうえー、といって目をそむけていた。
ウォルトはウォルトで大げさに嘆息するほどの呆れよう。
どうしようもないので苦笑などを返す。その拍子にふとテーブル向こうの席の様子に気付いた。
「あ、ほら、ウォルト。向こうでルナやらアクアやらエリカやら…女性陣が呼んでいるぞ」
月灯り亭の酒場兼食堂…冒険者達の溜まり場になっている一階フロア。
自分の席とは反対がわの隅で、他の冒険者たちが此方を見て手招いている。
「え?ああ」
「向こうに行っておきなよ、男と顔つき合わせて砂糖談義より、余程華があるだろう」
「確かに…」
「ほら、こっちも見ての通り。レポート仕上げないといけないし」
「そうか、それは大変だな。頑張れよ」
苦笑して頷くと、ウォルトをそちらの席へと追いやる。
そして、鼻歌交じりにウォルトに続こうとするゲイルを、これは腕をつかんでとどめる。
「ああん?何すんだ、シド」
「そろそろ、中級魔導力学応用の講義に出席しないと、補習になるぞ。ゲイルは、こっちでレポート書き」
「お、おい、勘弁してくれよ!忙しいんだよ、俺はよ」
向こうではじゃれあいのような会話が始まる。
此方は此方で、引きつった笑顔で逃げようとするゲイルに思わず笑いをかみ殺しながら。彼もようやく観念してレポートを書き始めたらしい。
手元のレポートを一度見て。一息ついて、紅茶を口にする。
「甘い、」
その甘みが、少しだけ思考を整理させる。
ほんのわずか、穏やかな気分になる。
ふと、一人ごちる。自分にしか聞こえない声で。
「元気ないのかなー、俺」
冒険仲間達の姿をぼんやり見つつ、また少し考える。
石。路傍の小石。
自分はむしろ、望んでその位置に居ようとしている。
その場所というのは、一見つまらない場所に見えて、実は心地よい場所だから。
きわめて外周から物事を見る事が出来る。ゆえに混乱しない。
時折、目を留める人もいる。ゆえに孤独ではない。
何より――人を率いる皆が困ったときは、近くに在るが故に、すぐに支えることも出来る。
誰かを支えられる人になれたら。
淡々と。時に輪の中、時に輪の外で、冒険者という人々の様々な生き方を見ながら。
支えていけたなら。
それは、とても贅沢なことだと、自分は思っているのだが。
大きなことまで考えが回らない自分だからこそ、出来る事は精一杯やりたいのだ。
不意に、入り口の扉が開く。
肩を落とした後輩冒険者が、ぬれねずみのまま、酷く沈んだ様子で自分の隣にかける。
「失敗でも、したのか?元気なさそうだな。ぬれたままじゃ、風邪を引くぞ」
余計な世話かもしれないけれど、と前置きして。
先に店主から借り受けたタオルで拭いてやり、その後、新しく注文した紅茶を差し出す。ついでに、隣でしきりにぶつぶつ言っているゲイルにも渡す。
「元気がない時とか、疲れた時は、甘い物に限るんだぞ?」
馬鹿みたいに甘ったるい紅茶を、落ち込んだ人に勧める。
この紅茶を飲んだ後、その人はどんな顔をするのかな、と悪戯心に思ったりもしつつ。
怒ったとしても、笑ったとしても、それが活力になるならいい。
元気を出してくれるといいけれど。同じく甘ったるい自分の紅茶を、また一口すすった。
今日も、雨だ。
冬の冷たい雨が、誰の肩にも降り注ぎ、何処の屋根にも降り注ぐ。けれど。
「元気、出ると良いけど、な」
呟いて、窓の外に目をやる。
「ほら、雨も上がったから」
やまない雨はないのだから。
TRPGの自PCの背景を、思いに任せて書いてみました。
何だか支離滅裂に…。まだまだ練り直しが必要なようです。後で直す可能性大。でもとりあえず、さらしておいてしまおう、と(何)
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