→風。

「ここをずーっと、まっすぐいくと、どこにいくのー?」

 この大きな町から、見えなくなるぐらい遠くまで続いている道。
 これは、鉄道…大きな鉄の塊が走る道で線路というらしい。前に聞いたことがあった。

「うーん…何処って言われても…そうだなあ、遠くに行くんだよ。方角的には東の方だな」
「遠くにいくの」
「そうそう。ずっと遠くに。もっと、ずっといったら、他の国に行くぞ」
「他の国。すごーい。他の国、どんなとこだろうねー?」
「色んな国があるからなあ。まあ兎に角、馬鹿みたいに遠いだろうな」
「…歩くと、遠いかな?」
「遠い遠い。歩くなんて馬鹿なこと考えない方がいいぞ」

 ぼんやりと視線を当てると、ずっとずっと遠く。草原と森の向こうに消える線路。
 遠く、遠くには何があるのだろう。
 この向こうには、遠くには、何があるのだろうか。
 人が暮らしているのだろうか。怖いものはあるのだろうか。楽しいものはあるのだろうか。

「うにー……ちょっと、行ってみたい」

 は、なんだって?と聞き返す店主に、あれやこれやと動作を交えて説明する。
 要領のよくない説明を纏めるには、この一言で済む。
 つまりは、遠くに、行ってみたくなったということ。
「というわけで、旅に出るんだよー。遠いとこにいってくるねー」

 あっという間に旅の支度を整えて、呆気にとられている店主に手を振って宿を出た。
 遠くに行こう。
 また、旅に出よう。
 ずっと此処に居るのも面白かったけれど。旅に出たくなったのだから仕方ない。
 行きたい気持ちを止めようとは、思わない、だから。

「いってきまーす♪」

 止まることを知らない、遊び流れ続ける風のように。
 旅に出る。そういう、ことにした。



「…行っちまったかあ」

 今日の昼前、ちょうど誰も居ない酒場でのことだ。その娘は、愛用の竪琴をもてあそびながら、唐突に線路の話をし出した。
 そして店主の話を目を輝かせて聞いていたかと思うと、なれた手つきで手早く全ての荷物をまとめ。
 戻るかどうかも言わずに、何を言う間もなく、飛び出していったのである。
 店主は嘆息して一人ごちる。

「遊びをせんとや生まれけん…ってのは、まさにあいつらみたいなののことを言うんだろうな。遊ぶために、生まれてきた連中だ」

 酒場の誰に挨拶するでもなく、誰を気遣うでもなく、風のように行ってしまった。
 今は、この青い空の下の、どの辺にいるのだろうか。
 いずれ、もしかしたら。諸手に土産などたくさん持って、ひょっこり戻ってくるかもしれない。

 こうして旅立っていった人間を、店主は自分の仕事ゆえに沢山知っていた。
 慣れた仕事、よくあることとは言えども、全く慣れきってしまえる類のことでもなく。
 かすかな寂寥と、心なしか感じる竪琴の音の残滓。

 静かな宿の扉が、風で揺れていた。


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